今年度江戸川乱歩賞受賞作、そして巷で高評価を博しているだけのことはある。すごく面白かった!十日ほど前から読んでいた本がなかなか進まないので、いったん取りやめてこの本を手に取った。
するともう止められない。あっという間に読了。そして事件の流れを整理するため、記憶の新しいうちにそれを紙に書き留めた。そう、それくらい精巧なミステリに仕上がっている。伏線もばっちり。真相を知らされてから読み返してみて納得な場面も多い。
けれど、そのミステリという部分だけが評価の対象ではない。なんといっても、少年犯罪についての書き込みがすばらしい。この手のテーマはいろんなところで議論されているだろうし、著者も書きたいことがたくさんあるに違いない。ひとそれぞれ、考え方もいろいろ。それだけに非常に難しいと思う。
少し話はずれるが
山田宗樹「天使の代理人」では中絶問題について扱っていたが、そちらは著者の考えが一方に偏っていた。もちろんそれが絶対に良くないとは言わない。物語としても面白く、抱える問題について考えることの多い一冊だった。けれど、やはり読み手であり同じようにこの問題について思うところのある者としては、その偏りが最後まで気になってしまった。
その点、この『天使のナイフ』に偏りは見られなかった。少年犯罪と人権の問題。私はいつも、自分やその家族が加害者になることよりも、被害者になった時のことを考える。法が改正されたとはいえ、まだまだ被害者は置き去りにされてしまう少年法。被害者家族になった時、自分は……と考えると、たとえ加害者が小学生や中学生であろうと成人であろうと、自分にとって憎むべき存在であることに変わりはない。それなのに、加害者が少年というだけで罪に問われず保護されるなんて、とても我慢できない。
ずっとこう思っていた。けれど、本書を読むと、その思いが少しぐらついてしまった。きっかけとなった一つの事件が繋がってたくさんの不幸が起こってしまうわけだが、そのすべてに少年法の抱える問題を読み取ることができる。それは、被害者側の視点からだけでなく、加害者側の、他人には知らせない深い後悔があるということが記されているからである。
一方に凝り固まった考えを持っていてはいけない。まずはそう教えられたような気がする。
最後に、少し長いがこの私の感想のすべてを語っていると思われる部分を抜書きします。
今まで桧山の胸中には、少年たちに対する怒りや憎しみだけが充満していた。このまま何も知らなければ、いつ爆発するとも知れない引火性の感情を抱えながら、これからも生きていくことになるのではないか。一生誰かを憎みながら生活して、顔も知らない人間を死ぬまで赦さずに生きていく。そんな父親に育てられる愛実は果たして幸せだろうか。
愛実がいつの日か、母親の死や、母親を殺した少年たちのことについて、知りたいと思うかどうかはわからない。ただ、もし愛実が知りたいと思ったなら、桧山は語るべき言葉を持っていたかった。母親を殺した少年たちへの、憎しみとは違う言葉を。
(p127)
★★★★★